外の世界

このブログを開設して5年。

最後の更新から2年。

こんなにも間があいてしまったのは

アダルトチルドレンの子育てについて

かなり悩んで書けなくなってしまったから。

そしてアダルトチルドレンに

付き物の実家の家庭内トラブルの整理に

時間がかかったから。

でもね、ここに綴るのは

ありのままでいいじゃないかって

最近思うようになった。

だから少しづつ

また更新していこうかなと思う。

そうね、私の場合は特に

アダルトチルドレンに

付き物の実家の家庭内トラブルの整理に

かなりの時間がかかった。

それは私の頭の中が

過去の習慣に縛られているからなんだよね。

その呪縛から解き放たれるためには

本がどうしても必要だった。

そして親以外との人間関係を学ぶ必要があった。

ただ、私の場合、実際のところ

対人恐怖症もあるということに途中で気が付き、

途中、人の中に入るのさえ、困難を極めた。

で自分の発する波動のせいなのか

いつもひどい人に当たるんだよね。

特に仕事関係。

だからそれ以外に世界を持つ努力をした。

いまもそれは学習中。

親たちの常識や言葉を信じると

混乱をおこすことがよくわかったんだ。

なのでアダルトチルドレンに

役に立つ本を少しづつ、紹介していこうと思う。

これらの本を読まずして外の世界と

つながるのは無理だなと思った。

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安心できる場所

よくあるアダルトチルドレンの回復本はグリーフワークをして過去を洗い出し、新しいイメージに書き換えをするという方法です。

確かにこれは必要でしょう。

相手がいれば。

そう、補助できる相手がいないと無理です。

特に傷が深い場合は。。。

受容されたことありませんからね。

ほめられたこともないし

なぐさめてもらったこともない

励ましてもらったこともない

いつも自分で頑張るしか方法がなかったとしたらその感覚さえ、わからない。。。

だから共感と受容が必要なのです。

グリーフワークする前に。。。

そしてそれは安心できる場所でなくてはならない。

そうでないとまた余計傷ついて殻にこもる可能性があるから。。。

そしてそれが何カ所かあればなおよい。

すべて全部をさらけ出す必要はない。

部分部分で受容してもらえればOK。

そうした心持ちでないと自分ががっかりするから。。。

すべてを受け入れてもらえると思うのは不可能。

ACは得てして白黒主義だからそこは気をつけなければいけないと思います。。。

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自分育ての必要性

アダルトチルドレンは、自分の子供を育てると同時に自分育てを一緒に行わなければならないと私は思っています。

できれば目の前の子供より、自分自身のインナーチャイルドを育てるのが優先かと感じています。

なぜならそれが目の前にいる子供に直結するからです。

では自分育てをするのはどうしたらいいのか?

これが系統的に書かれている本は今はないです。

どうしてわかるのかというと私はいままでかなりのアダルトチルドレン関係の本を読んできたからです。

答えを求めて。。。

部分的に書かれているものはたくさんあります。

でも実際、自分育てはどうするのか書かれていません。

もちろん、ACといっても度合いが違いますので比較的軽いACはそれでもいいかもしれません。

でも私の場合はだめだったのです。

ACでもかなり重症だと以前、AC仲間に言われたし、心の深層部分に関して表面的な取り組みではうまくいかなかったのです。

そこで最近は発想を変えました。

心の深い部分から取り組むのではなく、コミュニケーションから学ぼうと。

それにより人とのつながりが出来ます。

場所を選べばサポートが得られます。

今は、まずはそこからと思ってます。

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香り

心を癒すものの1つとして香りがある。好きな香りだとリラックスできたり、気分をリフレッシュできたりとても便利なアイテムだと思う。

私が好きな香りはフルーツ系の香り。フルーツでもグレープフルーツなどの柑橘系の香りが好きだ。

街でふとすれちがった人が香水をつけていたりすると思わず、昔にオーバーラップしたり、その香水をつけていた人を思い出すことも多い。

香水プンプンはご免だけどその人にあった香りをつけた人に出会うと知性を感じる。ただ、みんな同じ香りっていうのも多いけど。

香水の瓶で香水を選ぶ人も多いだろう。その場合、香りがあわなくて飾ってコレクションになってしまうこともあるだろうが心がウキウキしてくるから不思議だ。亡くなった森瑶子さんも香水のコレクターだったそうだ。

あと香りには魔よけという意味合いもあるらしい。美輪明弘さんも香水を舞台演出に使ったり、魔よけに使っているそうだ。本の中で香水をつけることも推奨している。

日本では昔から香をたくとか、着物のそでに匂い袋を偲ばせる習慣があったそうだがこうしたこともそうした魔よけ予防だったらしい。

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今後の予定

このブログは「アダルトチルドレンの子育て」です。

そんなこと言われなくてもわかっているって?(爆)

でヤフーで「アダルトチルドレン」と「子育て」のキーワードを入れるといま現在、5番目に出てきます。

少し前まではトップに出てきたんだけどな。。。

途中引っ越して変動はあったものの、5年間ずっとはじめのぺージは維持しています。

けど最近、しばらく更新していなかったらトップから滑り落ちてしまいました。。。

ただ、ヤフーでキーワード入れてトップになるってすごい事みたいです。

この世界で有名な人に先日、そう言われました。

そうだったんだ。。。(初めて気がついたわたし。でもちょっと認められたようで嬉しい。子供時代、ほめられたことが少なかったので。。。)

ただ、このブログはSEO対策は何にもしていません。

リンクもトラックバックも。。。

細々と続けてきただけですが。。。

もしあえてその原因をいうならいつも気にかけて見にきてくださるあなたのおかげです。

ありがとうございます。

さてこのブログの今後の方向性なのですがもっとアダルトチルドレンが具体的にどうしたらいいのか、その方法をいま探っています。

じつはですね、いまカウンセリング講座に通っているのね。

でも何かちょっと違うかなって最近、思っているのです。

というのはカウンセリングというのは相手を受け入れて話を聞くのが仕事ですよね?基本的には相手の話を聞かなくてはいけないのです。

でもまず、ACの私が学びたいのはカウンセラーに話を聞いてもらい、自分の気持ちを整理する、もしくは自分を表現する方法なんです。

まずはじぶんありき。

この言い方であなたには伝わったかな?

わからなかったらコメントくださいね。

で近い将来、無料のレポートをあなたにご提供させていただきたいと思っています。

そしてそれをさらに進化させていく予定ですので。。。

今後ともよろしくお願いします。

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小さな自信

私はアメリカンクラシックをテーマにしているタルボットというメーカーの服が好きです。

私の好きなアジアン風の服もあれば、ドレッシーなもの、カジュアルも揃っていて幅が広いので。そして生地がしっかりしていて洗濯に十分耐えられるところ、安っぽくみえないところがいいなと思ってます。

また、シンプルな服でもちょっとこだわりが感じられたり、刺繍が施してあったりして楽しめるところも気に入っています。

そしてここには私のスタイリスト、Fさんがいるのです。Fさんは50代の長身のおばさまで大橋歩っぽい美大系の店員さんです。息子さんが大学生で子供の手が離れてお勤めに出ているようです。時々、うちの子供に飴やおもちゃをくれます。

彼女との出会いは偶然、店に入ったことから始まりました。その頃、私は2人の子供を抱えて悪戦苦闘していました。幼児を連れていると外出の時には行動的なズボンが必要でそれを探していたときでした。ズボンっておしゃれなのがないなと思って店に入りました。

そこで彼女のアドバイスを受けました。「これはあなたには似合わないワ」「これはいいけどもう1サイズ小さくてもいいんじゃない?」「これはあなたにぴったりよ」「これはあなたの雰囲気にあうわ」と相談に乗ってくれました。まあ店員さんですからアドバイスは当たり前だと思うんです。

でも私の雰囲気に合わないものははっきりいうし、彼女が似合うと言ったものに関しては自分も「これこれ。こんなのが欲しかったの」というツボにぴったりでとっても納得できました。

そんなこんなで何回か買い物をしてアドバイスを受けているうちに「自分はこんなスタイルが好きなんだ」「私の趣味じゃないけどこれもいいな」と服に挑戦する気持ちが芽生えてきました。

Fさんは似合わないときははっきりいうので安心感があります。いままで母の趣味を押しつけられていたのでいまでも自分ですべて決めるのは自信がないのですがFさんにアドバイスをもらえたので少しずつ、自分で決断する勇気がついてきました。

たかが服の選択なのですがこれは大きな自信につながりました。自信がなかったのが「これでいいんだ」という自分自身の確認にもなりましたし、認めてもらうことで安心感が得られました。

こうしたことはもっと早くにするべきだったなと感じました。そうすれば服もいっぱい買えたし、自分のスタイルがもっと確立したかもと思います。いまはそんな余裕はないので年に何回かのバーゲンかアウトレットでまとめ買いします。

でも小さな自信が自分を育ててくれるんだなと感じた出来事だったので自分にとって収穫だったと思ってます。

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未来へ乾杯!

今日は2ヶ月ぶりに美容院に行って来ました。子供が2時半に帰宅するので大急ぎでカラーとカットをしてもらいました。

以前は、同じ高校の後輩の店(偶然ですが)に行っていたのですが彼がお店を移転したのを機にいろいろな美容室に行ってみることにしました。

その彼はたまたま入った美容室のときからずっと指名でお願いしてきました。とても勉強家で雇われ店長をしつつ、休みの日にはさらに自費で美容学校にいって勉強をしてコンクールなどにも挑戦しているひとです。

もともと母子家庭でお母様の背中をみて育った関係で独立心が強く、自分の店を持つときもお母様には保証人になってもらわなかったという頑張り屋さんなんです。

その後、店を大きくして人も増やしたのですが自分のスタイルにもっとこだわりたいということで店を小さくして店を移転したようです。

彼とのつき合いはかれこれ10年以上になると思います。その間、浮気はせずに彼一筋。それは頑張っている彼を応援したかったから。向上心がとっても強く、刺激になったから。いまでもその気持ちに変わりはありません。

ただここへ来て私は自分のスタイルというものについて考えたかったのです。彼が施してくれるヘアスタイルは長年やってもらっているため、安心感があります。私の好みもわかっていてくれるし、失敗もないっていうのもわかっています。

でも彼以外の人にお願いしたらもっと自分というものがわかるんじゃないかって思ったのです。私の魅力ってなんだろう。私ってどんな人なんだろう。という疑問が湧いてきました。美容院は自分を変化させる格好の場なので一人の人の見方じゃなく、相談しながらいろいろな自分を引き出してみたいなと考えたのです。

子供時代、「おまえなんかおしゃれする資格はない」「おまえなんかに似合う服はない」「おまえなんか価値がない」と擦り込まれてきたACの私にとって自分のスタイルというものが確立されないまま、いままできてしまいました。

だからいま、自分にとって大切なものはなに?本当は何が好きなの?どんなスタイルが私に似合っているの?どんな服が好き?と自分に問いかけているのです。

私の子供は物を選ぶとき、即決で決めます。迷いがないのです。自分の好みがはっきりしています。それに比べて私の子供時代は「これはお金がないからだめ」「これはお母さんが好きじゃないからだめ」「これは趣味が悪いからだめ」とにかくだめだめづくしで自分の人生を選ぶときでさえ、母が口出しする始末でした。

だから「自分は本当はこうしたくないのだけれどこうしないとお母さんに怒られるから」とか、「自分はこっちを選びたいのだけどお金がないからあきらめよう」ということが多すぎました。そして自分のスタイルをつくることよりも母の機嫌を伺うことに重点が置かれていたのだといまにして思います。

友達が「ブランドのどこそこの服や鞄がいいの」とか、「私はこのメーカーの服が好き」とか、「化粧品はこれがいい」と言っていてもそれは私にとって別世界のことでした。

母は「服なんて外に行くときだけ。家ではぼろでいいんだ。」「化粧なんてしなくてもそのままでいい」とか言われていましたし、仮に服を買ってこようものなら「私は買えないのに。あんただけいい思いをして」と嫉妬や恨みつらみをいわれたので怖くて買い物も出来ませんでした。

そして極めつけは「そんなお金があるなら家にお金を出しなさい」でした。こんな感じだったので自分のスタイルをつくることはおろか、娘時代の楽しみさえ、奪われたのです。

そんな母の仕打ちに対して私は父に訴えました。「私は自分の働いたお金で服を買っているし、嫁に行けっていうけどおしゃれもしなければ男の人とデートもできないよ」と。父は普段は「黙っておけ」という人でしたがこのときばかりは私が泣いて訴えたので「そうだな」と一言だけ言いました。それほど母の仕打ちは私に抑圧を与えたのでした。

結婚してから夫は「好きなようにしていいよ」と言ってくれることが多かったのですが自分では自信がなく、どこかに行くのも、何かを食べるのも、何を着て買っていいのかさえ判断に迷う始末でした。母の抑圧がとれて自由になったはいいけれど自分自身、何が好きなのかよくわからなかったのです。結婚して8年、少しづつですが自分の好みというものがわかってきました。

得たいものは自分のスタイルですが大きく言えば目標を見つけると言うことかもしれません。自分の生き方はどうするかというライフプランを見つけたいのだと感じます。

やっと私は母から心の呪縛がとれて自由になりつつあります。私の未来へ、乾杯!

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オーラの色と洋服

母の呪縛から離れて好きな洋服が着れるようになって考えたことがあります。それは「もしかして自分のオーラは青系なんじゃないか」ってこと。

子供時代、妹とは体格があまり変わらないのでいつも双子にみられていました。妹は大柄ではっきりした顔立ち。対して私は顔は一重で寂しげな印象。

母は私たちが同じような持ち物を区別するのに妹は赤やピンク系、私はいつも青系を持たされた。だから妹はいまでもピンクが大好きでそれを基準に持ち物は考えていると思います。本当に子供の頃のカラーの固定というのは恐ろしいなと感じました。私はいつも地味な青ばかりだったので社会人になってもその傾向は続いていました。

でもいま思い返してみると子供時代、私は母に青は嫌だと言ったことがあったように思います。「私も青じゃなくて赤やピンクがいいよ」と訴えたように記憶している。そのたびに母は「Mと一緒じゃわからなくなるじゃないの。いいの、あんたは姉さんなんだから。青は姉さんらしい色だからあんたはこれでいい。第一、あんたは顔がぼやけてるからピンクは似合わない。赤は赤ちゃんぽいからだめ。」と突っぱねられました。

その頃からでしょうか。自分には赤やピンクは縁のない色だと思ってしまったのは。そして姉さんとしての抑圧と責任を押しつけられたのも同じ時期だったように思います。

いつしか私は自然に青を選ぶようになっていました。でも顔も地味で母が言うように顔立ちがぼやけている子に青を着せると寂しげな印象になってしまうのです。だから子供時代の私は頼りなげでさみしそうな表情をしている写真が多いです。

そしてそれはスピリチュアルで言うオーラにも関係しているのではと思いました。人にはそれぞれオーラの色があるそうなのですが寒色系のオーラの人が青系の洋服をきると寂しげな印象になってしまうと本に書いてあったのです。だからその場合、暖色系の洋服を着るようにするとバランスがとれていいと書き添えてありました。そのことから連想して「私のオーラは青かも」と感じたのでした。

以来、私はスタイリストのFさんのアドバイスもあって赤系を着るようにしています。冬は黒のカシミアのセーターに赤の差し色をすることもありますがなるべく下品にならない程度に赤を取り入れています。

子供時代の思いこみは捨ていまは赤が私のお気に入りのカラーです。

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孤独と裏切り

先日とてもリアルな夢を見ました。それは私が中学生の頃のことで実際の出来事ではなかったのですが心理状態をよく表している夢でした。

その夢とは

みんなで体育祭にむけてチアガールの練習を全校女子生徒だけでしているのですが本番に私だけ仲間はずれにされて輪の中にも入れてもらええないという夢です。入りたくても入れないあせり。チームを組んで練習してきた仲間の誹謗の目。全体の動きがうずのようでその動きは外からみていてもすばらしいと感じるできばえなのだけれど自分は入れてもらえない。あれだけ一緒に一生懸命練習してきたのに。仲間の裏切り。

なんだか「私はひとりぼっちだ」と感じて目が覚めました。

学生時代から今まで考えてみればこのような人間関係になったことがたびたびあったなと思いだし、なんだか朝から悲しい気持ちになってしまいました。

だから役員会とか、お母さんの集まりは嫌いです。人のお役に立ちたいとは思うけど自分だけ浮いてしまうような、同じ土壌にいないような感覚を覚えるから。

なんだかとめどなく悲しい。

亡くなったTちゃんのことも思い出した。Tちゃんは私が母に抑圧されていることを理解してくれて共感してくれる唯一の友人だった。でもその彼女は自分の悩みを抱えて自ら命を絶ってしまった。

亡くなった当初はそれをとても悲しく思っていたのだけれど同時に彼女に裏切られたような、気持ちがあるのにその夢をみて気がついた。

彼女は私のACとしての立場を本当にはよくわからなかったのだという思いと自分の抱えている心の重さや苦しさを私にうち明けてくれずに独りで死んでしまったという裏切りのようなものを感じずにはいられなかった。

でも果たして私が彼女に「生きること」を訴えて心に届いたかはわからない。でもそれでも話して欲しかったな。

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夢のおつげ

最近、夢をよくみます。ほとんどは朝ちょっと覚えていて脈絡のない夢ですぐ忘れてしまうのだけれど今朝のは鮮明だったなあ。

メッセージをはっきり受け取ったような気がする。メッセージは「人と交わることで学べ」ということ。

そのなかで「おまえは子供時代を含めていままで人と交わることが少なかった。これからは意識していろいろな人とつき合い、学びなさい。」といわれたような気がする。そして「少しずつ人との距離感がわかってきたようだから同時に実践してみなさい」と言葉をかえていわれたような覚えがある。

昨日は運動会でいろいろな人を見たりしたのでそのせいもあるかもしれない。また寝しなに浜田マキ子の記事を読んで「学ぶことはまねること」という文章が頭に残っていたからかもしれない。

浜田マキ子の文章は「楽勉」についてでした。彼女自身、スチュワーデスをやめて1ヶ月後に東大に合格した持ち主です。「楽勉」のやりかたとして問題の解答から読み始めて理解できたら覚えるまで繰り返すこと。あまたの天才が一生かかって発見してきた定理や定義を自分で発見しようとしたら人生が足りない。解答を理解できたらそのレベルには達している。わからなければ先生に尋ねればよい。

つまり、人間関係を学ぶにもこの法則を使えばいいのだなと私は寝しなに思ったのです。それも自分より年上の人なら人生経験もあって学ぶところが多いかもと考えながら眠りにつきました。

そしてその夢は私より年上の親世代の人たちと何かしている夢だった。夢の内容は忘れてしまったのだけれどメッセージがはっきり残っていたのは不思議だった。これもスピリチュアルでいう守護霊さまのお告げなのだろうか。

まあできることから少しずつやっていこうかなと思った次第です。

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